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| そのプロフィールを紹介するだけでこのページが埋まってしまうほど、紆余曲折の人生を歩んできた小阪さん。岡山生まれの小阪さんが秋田と出会ったのは、脱サラし写真専門学校の学生だった頃。社会派とも称される記録映画の魅力にとりつかれていた小阪さんは友人と2人で、念願の制作プロダクションを設立。その撮影テーマの地として選んだのが森吉地区。当時、建設をめぐって注目を浴びていた阿仁川ダム(現・森吉ダム)に関しての撮影を行うためであった。
持ちこんだ機材は8ミリカメラと若干の着替え程度。現地農家に住みついての撮影だったゆえ、撮影経費は大幅に削減できたものの、約1年6ヶ月という長期滞在で当初の予算もいつしか底をつく。当然のことながら、農作業、山仕事のアルバイトをしながらの映画製作となった。その後、ようやく完成した作品は、北秋田郡内を中心に巡回上映も行なわれることとなるのだが、ダム建設が決定的なものになるに従い、その反響は小阪さん達が求めていたものと大きくかけ離れたものに。理想と現実の壁を目の前につき付けられ一緒に来た友人は郷里に帰り、小阪さんは森吉を離れ秋田市内へ移転。アルバイト生活をしながら生活費を稼ぐ毎日が続いた。 本当ならこの時点で小阪さんも秋田を離れても何の不思議はないのだが、小阪さんの中に秋田にこだわりたい何かがあった。「北志向の強かった僕の思い込みかもしれませんが、北には南に比べ暮らしに深み、厚みというものがあるような気がします。日本全国どこにでもあるのかもしれませんが、少なくとも、岡山とは全然違う。秋田ならではの風土感があるように思えたんです」というのだ。 その後、秋田市内のデザイン会社に就職し、広告写真の撮影技術を研鑚。約5年間のスタジオ経験を経て38歳で小阪写真事務所を設立。食品からモデル、建築物に至るまであらゆる写真をこなしてきた。最近は、出版社発注の取材がらみの撮影が多いとのことだが、数年前からは原点に戻りドキュメントタッチの写真を撮りたいとも語る。 「都会であれ、農村であれ、普段は見ることができない暮らしの中の隙間を撮ることができたらと思うんです。というのも、ここ 20〜30年で私たちの暮らしって物凄く便利になりましたよね。人間が動かなくても自動的にできる時代になった。それと共に価値観や生活スタイルも大きく変わって来ました。でも、その下地になるもの。精神的なものって意外に変わっていないと思うんですよ。表面上は大きく変わったように見えるけど、その一方で、精神的にはその地で暮らす人だけが受け継げるものをしっかりと持ち続けている。いわゆる「暮らしの中の隙間。現風景のようなものですよね」これを撮ってみたいと思うんです。秋田を含め東北には、自然環境や生活環境にハンディがあるがゆえに、都会人が便利さと引換えに捨ててしまったものがまだ多く残っているような気がします。いずれは無くなってしまうのかもしれませんが、それらが無くならないうちに残し、伝えるのも私たちに課せられた宿命だと思うのです」と、その熱き思いを静かに語ってくれた。 (文章:海老名勝宏) |
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